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September 27, 2012

天使になった健斗クン

お彼岸のお中日の爽やかな風に乗って、健斗クンは天国に旅立ちました。

パパとママ、そして私(おばあちゃん)の三人が見守る中、まるで眠るように静かに呼吸が止まり、その表情はまるでお昼寝をはじめたかのように安らかでした。

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三ヶ月間、必死に頑張っていた健斗クンは、一度もNICU(集中治療室)から出ることのないまま、天国に行ってしまいました。

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小さな身体で必死に生きようとしている姿は・・・本当に、本当に立派で健気で、なにかを教えられたようで、崇高なものさえ感じました。・・・私をそんな気持ちにさせてくれました。

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そして、私よりもっと辛い思いをした、「ママ」だった娘。
毎日病院に通い、少しでも健斗クンが良くなるようにと頑張った娘のことを思うと、心から愛しい!

その娘をフォローして立派に夫であり父親であった旦那さま。
あなたがいなかったら娘はここまで頑張れなかったかもしれませんね。
本当にありがとう!

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アメリカにいる長女夫婦もfacebookを通じて、沢山の人に呼びかけてくれて、多くの祈りのメッセージが送られて、私たちはどれほどその言葉に勇気づけられたことか。

「祈る」ことでどれほど心が安らかになれるか、さりげない労わりの言葉がどれほど辛かった心を癒してくれたか、多くのことを学びました。

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今、健斗クンは天国に旅立ってしまいましたが、不思議と爽やかな気持ちでいっぱいです。
小さな身体で精一杯頑張っている様子を見ていたから、楽になってよかった!という思いもあり、わずか三ヶ月間でも立派にM家の家族を作り上げ、皆の絆をしっかりと作り上げて一足だけ早く天国に行ってしまったのだと思うと、「健斗クンありがとう!」という感謝の気持ちや、なぜか不思議に幸せな気分になれます。(もちろん寂しいけど)

このブログを見て、心暖まるメールやお手紙、様々なお心遣いをいただいた皆様、本当にありがとうございました。
何気ない気配りがどれだけ、心身共に癒してくれるものなのだということが、ものすごく実感できました。嬉しかったです!

そして天国の健斗クン!
あなたの存在はとても大きなものでしたし、今でも私たち家族の心の中で生き続けています。ずっと、ずっと!本当にありがとう~

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March 22, 2011

この非常時に老人ホームへ~

前の記事にも書いたとおり、地震後1週間も経たない17日に以前からの予定通りに老人ホームへ出かけた。

月に一度だけ、デイサービスを受けに来ているお年寄りたちに、朗読やお話を聞いてもらいに出かけている(自身の話術力のブラッシュアップのためにも)。

こんな時期だから、きっとお年寄りを抱える家族の方は心配して外出などさせないのでは?と危惧していたら、意外にも平常時と変わらない30数名の方が我々の到着を待っていてくださった。

既に用意されているマイクの前に座ると、いっせいにお話が始まるのを待ち構えているようないきいきとした視線が返ってくる。
そして、室内全体に流れるいつもと変わらないゆったりとした雰囲気が、なんとなくほっとできて居心地がよい。

時節柄、地震の話をしたいと決めていた。
海外の娘がface bookに取り上げていたTwitterに寄せられた若者たちのつぶやいたエピソードをまとめたサイトを紹介していたので、日頃、お年寄りが接する機会もない若者たちの世界を垣間見る良い機会ではないかと思い、取り上げてみたら、最後尾に静かに座っていたおじいさんが「今の話、とても良かった!感動した!」と大きな声で返して下さったから、私のほうがびっくりして、そんな真剣に聞いていてくださったのかと、そのことに逆に感動した。

こちらに沢山のエピソードが載っています

内容は常時更新されているようで、今は4ページくらいになっているから、出来れば全部を読んで欲しい。

最後には全員で合唱するのが、お年寄りにはなによりのお楽しみタイムなので今回も、地震で忘れてしまいそうになる『春の歌』を歌って、無事に終了した。

帰ろうとするときに、先ほどのおじいさんに再び話しかけられ、さきほどの「記事」はどんなところに出ているのかと尋ねられた。
やはり、お年寄りには新鮮な未知の世界だったのかも知れない。

記事のコピーが欲しいとおっしゃるおじいさんに原稿をそのままお渡しして来た。

いつものことながら、お年寄りとの交流によって、逆に元気を頂いて帰ってきた。

そして・・・この災害によって、近頃、巷で話題になっている『無縁社会』や、若者とお年寄りとの関係が、返って温かい関係が生まれているような、きっかけとなっているような気がするが・・・

仙台のいとこたちの無事も、その後確認できたが、インフラは完全ではないらしい。
津田沼の友人宅ではつい最近まで断水していた。
市川の友人は今日もこれから計画停電が始まると言っている。
私の仕事先は、区の交流館のため、当分の間、利用客を断っているため、仕事も休みになる(あぶれてしまった)。

今、日本人同士、すべてが手をつなぎあって、希望の光を見つけるべく、前を向いて立ち上がろうとしている。

頑張っていかないとね♪

海外の皆さん。温かいエールをありがとうございます。
引き続き、見守っていてね。

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February 08, 2011

伊達マスクってなによ!

今、ワイドショーで若者たちに流行中という、『マスク』について取り上げていた。

近頃、ずっと思っていたことだったので思わず見入ってしまう。

始めに気づいたのが、様々な伝染性のものが流行りだした頃に、体力のない老人や子供たちより、元気であろう若者たちのほうが圧倒的にマスクをしているのが、とても気になっていた。

若いお嬢さんたちに何人か質問したときに、電車内などで風邪などうつされるのが嫌だからという答えをきいたことがあった。

以前、職場にいた頃、若者がインフルエンザが流行り始めの時期に大きなマスクをして出勤し、帰るまでずっとマスクをつけていて、「風邪?」と聞くと「インフルエンザをうつされないため」と答え、冬の時期をずっとマスク着装出社を続けていた。
しかし、その若者はその後、どこでうつされたのか結局インフルエンザにかかって会社を休んでいた。(マスクだけの問題ではなかったのね)

近頃の若い人は、随分と以前から清潔好きというか潔癖な人が増えていて、特にそれが日本人のニーズなのだろうが、道も公共施設も清潔になってホントに気持ちが良い。

そんな『一億総潔癖症』になりつつある日本の若者たちは、そんな部分から、心の闇を様々な形で表現し始めているのだろうか?

『手をいつまでも洗わないと気が済まない心の病』なども以前からあったかと思う。

花粉よけ、インフルエンザよけ、バイキンよけ。それが高じて、ついには「社会」とのシャットダウンのアイテムとして『マスク』が流行しているのだとか。

TVに登場していた中学生の男子は学校で、『マスクマン』と呼ばれているほどマスクを手放せなくて、自宅にいても家族との寛ぎの場でさえマスクを外さないのだとか・・・

インタビューに答えていた、若い女の子たちのほとんどは『すっぴん』でいられるからという答えが多かったが、一人男の子(高校生?)が学校で髪型が変だと言われて、その日は髪型がいやで、マスクを箱買いして、マスクをつけ、その後もしばらくはマスクをはずさなかったと言う。(ねえ~キミが大人になって、自分がハゲ親父になったらどうするの?髪型が変どころじゃないよね?)

男の子のくせに?
とても、オバサンには理解できない。

マスクをつけていると、

① 自分の嫌な部分を隠せる

② 顔を隠していると安心感がある

③ 外界の嫌なものをシャットダウンできる

・・・・マスク依存症・・・・

若者たちの心ってこんなに病んでしまったの?

まぁ、そんな時期を経験しながら、心豊かな、人間らしい大人になっていくのだとしたら、周囲の大人たちが、少しでもお手本になれるような、自分らしい生き方をしていかないといけないのですよね。

いろいろ、沢山、経験して失敗して、そして大人になっていくと、
「大人になるほど楽しい!」なんて、自分のブログの宣伝になりました。

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January 07, 2011

年頭にこそ”ENDING NOTE”♪

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近頃、友人たちとの話題によく上る『エンディングノート』。

年齢や、健康面の不安などから、そろそろ考えておかないとねっなんて話題が出て、今すぐどうと言うわけでもないけれど、身辺をキチンとしておかないと後に残された家族に迷惑がかかるしとか、押入れの整理も始めているのにちっとも片付かないとか、そんな会話をすることが増えた気がする。

加えて近頃、TVなどでも『エンディングノート』を作ろうなんてテーマが取り上げられたりしているらしい。

そんなある日、友人からあるエンディングノートをプレゼントされた。

そのノートをめくっているうちに、十年以上も昔に長女からプレゼントされたエンディングノートを思い出し、久しぶりに引っ張り出してみた。

折に触れては引っ張り出してはみるものの、中々実感が伴わなくて、書き込むところまでは至っていなかったが、友人からのプレゼントがきっかけとなり、いよいよ書き始めようと思い立った。

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元日の夜に、頂いた年賀状を整理しながら、素敵な装丁のハードカバーのノートをそっと開いてみた。

著者はリン・マクフェルミーという女性で訳者は菅靖彦氏。
発行所は株式会社風雲舎。1999年初版。

桐島洋子さんが文章を寄せていた。

インドには人生を四季として生き分けるという哲学があるという。若葉の春は「学生期」で勉強や修業に勤しむべき青年の季節、炎暑の夏は「家住期」で、仕事に励み家庭を築く働き盛りの壮年の季節。そして十分働き、社会的、家庭的な任務が一段落し、熟年に達したところで、収穫の秋の「林住期」を迎える。
よく熟れた人生の果実をここで存分に味わい尽くせば、もう心残りなく淡々と枯れきって、清々しく悟り澄ました冬の「遊行期」に入り、安らかな死に備える静謐な老年を過せるだろう。

長い人生の中で、私たちはあまりに夥しく雑多な荷物や情報を溜め込んでしまった。
余計なガラクタがごった返すところで暮らしていては、本当に大事なものがどこにあるかわからない。この無秩序な大混乱を放置したまま右往左往することに、貴重な残り時間やエネルギーを浪費していいものだろうか。まず思い切った大掃除と整理整頓を敢行することが、快適な「林住期」の第一歩だと思う。

物心ともにどんどん贅肉をそぎ落としていくと暮らしの風通しがよくなって時間の透明度も増していき、すーっと霧が晴れたように視野が澄み、自分にとって何が最も大切なのかという人生の優先順位が見えてくる。

本当に大切なものだけをきちんと並べて一目で見渡せるクリスタルなショウケースとか、それを更にコンパクトに詰め合わせて持ち歩けるスーツケースでもあればいいと思ったら、まさにそういう発想がこの『人生のチェックリスト』という本によって現実化してしまった。

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あなたは誰?
重要なのはいかに死ぬかではなく、いかに生きるかだ。

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あの人、どうしているかな?
過去の思い出に生きることは死ぬことではない。

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天寿をまっとうした人間にとって、死は眠りと同じように自然で歓迎すべきものだ。

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死はちょっと大げさな海外旅行のようなものにすぎない。

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私たちは多くの人に囲まれて生きているが、死ぬときはひとりである。

他にも、『私が植物状態になったら』とか、『遺言の内容』『幼児のころ、あなたはどんな子でしたか?』とか『告別式に読んでもらいたい言葉』『子供たちへの手紙』etc・・・

じっくり時間をかけながらもちょっとは急ぎ足で、ページを埋めて行こう。
まだそれほど急ぐ必要もなさそうな予感はあるし、『林住期』をじっくりと味わうためにも、クリスタルのショウケースの中身は端から順にすっきりとさせておきたい。

友人から頂いたほうのエンディングノートは、了解を取って別の友人に差し上げることにした。

新年を迎えて、少しはシンプルな暮らしに近づけることができるだろうか?
出来るところまでは頑張ってみよう♪

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March 22, 2009

女はおしゃべり?

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友人が育てたシンビジュームを切り花にしていただいた。

いつ会っても、毅然としながらも身の丈に合った生き方を感じさせる友人は、可愛い猫とやさしいご主人と、40鉢以上もあるというシンビジュームに囲まれて悠々自適に近い毎日を送っている。

孫が可愛くて!と話すのはもう一人の友人。
彼女も、やさしいご主人と、子供たちに囲まれ、幸せな日々を送っている。

高校時代の仲間だった三人で時々会っては他愛もない話で盛り上がる。
他愛のない話をしていても、女同士のお喋りは決して無駄話ではなく、医学的に根拠のあるストレス解消法だそうで、お喋りをさんざんしてすっきりして帰るというのは、身体にも良いらしい。

人と楽しく話しているとき、脳は幸福の科学物質を細胞へ送り込むが、ネガティブな接し方をしているときは幸福感をブロックしてしまう化学物質が体内に放出されてしまう。

最近の研究では、「女性は生化学的に、男性より他人とのつながりを求める傾向がある」ことがわかっている。

男女ともにストレスを感じればアドレナリンやコルチゾールといったストレスホルモンを分泌するが、この悪影響を和らげるために、女性の脳は「結びつきのホルモン」であるオキシトシンを放出しようとする。

女性が落ち込んだ時、友人とお喋りしたりペットに接したりするのは、こうした行為がオキシトシンの分泌を促し、女性の心を穏やかにして、ストレスを消していくから。

ストレスを感じた時、女性はオキシトシンを分泌するが、男性にはそれがなく、コルチゾールの分泌によってドーパミンやテストステロンの値が抑えられ、憂鬱や不満を感じる。そのため、男性はお喋りや愛情を与える行為でストレスを解消しようとはせず、問題の解決や克服などの行動に出ようとする
男性はオキシトシンの量が少なくなっているために、人間関係にさほど注意を払わなくなるという。

「脳にいいこと」だけをやりなさい! マーシャ・シャイモフ[著]
                      茂木健一郎[訳]

なるほど!どうりでどこもかしこも女性のグループはコーヒー一杯で何時間も粘ってお喋りに花を咲かせているわけだ!

それにしても、生化学的に男性と女性の違いが次々と明らかにされ、なるほどと納得することが多い。
もっと研究が進んで、心の中が全部わかってしまったら少し怖い気もするけれど、世の中の夫婦喧嘩は減るかもしれない…いや増えるのだろうか?

女性である私は、これまで通り、気の合う友人との気の置けないお喋りをずっと続けて行こうと思う。健康な体と脳を維持していくために♪

November 18, 2008

白内障の次は何?

08111715  結論から報告すると、左目の手術も無事終了した。
既に片方の目で経験していたから恐怖感はかなり薄らいでいた。

手術当日、待合室は不安げな表情の人と付添の人で溢れていたが、翌日の待合室の様子は前日とは一変していて、患者同士でなごやかに会話が弾んでいた。
手術後の1週間は保護用ゴーグルを装着しなければならず、しかもみなスッピンなので、なんだか不思議な雰囲気ながらも幸せそうな空気が漂っていた。0811175

「いやぁ~先生は魔術師だよ。(こんなに目が見えるようにしてくれて)」
「(看護師さんたちに向かって)こちら方面に足を向けて眠れませんよ」
満面の笑みを浮かべながら、待合室を出て行ったオジイサン。それを見送る笑顔の若い看護師さんたちがとても印象的だった。

頭に力を入れてはいけないことや、重いものを持ってはいけないなど、慣れてしまうとつい忘れてしまいそうなのは、「慣れって怖い」ということ。
それでも、慣れてきたせいで余裕も少し出て、家にこもってばかりでは社会復帰が遅れてしまいそうなので、外の空気に徐々に馴染ませようと、通院の帰りにちょっと回り道をしてみた。
08111712 最寄駅を降りて、東大構内へそろりそろりと足を伸ばしてみた。
正門からまっすぐ続くイチョウ並木はまだ色づいてはいなかったけれど、高い枝に鈴なり状に銀杏がなっていて、その下を歩いていると銀杏の独特の臭いが漂ってくる。
あと1週間もすると、見事な黄金の並木道になるのだろう。すぐ傍の法真寺で行われる「一葉忌」が23日頃のはずだから、そのころ、このあたりを散策し、一葉忌に参加してみるのもいいかもしれない。

構内にあるドトールのオープンテラスで「黒糖ラテ」を両手で包みながらふうふうと飲みながら、たっぷりの木々の中で森林浴を味わった。08111711_2

帰りがけに赤門の横にあるコミュニケーションセンターで「東大サプリメント」を購入してみた。
東大の先生方が研究したものを商品化し販売しているもののひとつで、「体力式アミノ酸」と言って体力をつける即効性があるアミノ酸らしい。東大生の美女二人の店員サンが「100%の方がリピーターになっています」といいながら薦めるのでつい!

術後の感染を防ぐためにも体力をつけるのはちょうどいいかも!

といった感じで、心身共に健常時のように慣れてはきたのだが、実はちょっとしたことがあって、わずか数日ではあったが、眠れない夜を過ごしたのでした。

08111716_2  手術前に中々咳が止まらず内科にかかっていたのだが、あまりにも咳が長引くので簡単なレントゲンを撮ることになった。

●「ちょっと一か所、肺に影みたいなものがあるけど、今はとりあえず目の手術のことだけを考えて、落ち着いてからゆっくり検査しましょう」
○「影って結核とかそういうことですか?」
●「うっ!まぁそういうことも含めてとにかく今はそのことを考えるとややこしくなるからとりあえず目の手術を終わらせてからにしましょ」
○「ハイ(先生の表情が何だか気になるな)」

そのことを友人に話したところ、「それは肺がんかもしれない」と言われ、思ってもいなかったことなので、一気に頭をガーンと殴られたくらい衝撃だった。
それからは目の手術が全て終わるまで、「肺がん」という言葉が頭から離れることはなかった。

だから、残りの目の手術後の検査で異常なしと言われたその足で、早速内科に駆け込む。

○「先生、無事目の手術は終わりましたので、レントゲン検査をお願いします。」
●「手術、上手く行って良かったね」
○「はい。でも肺の影のことが気になって、詳しく検査してください。ガンの検査をお願いしたいのです。」
●「えっ?ガンの検査って何のガンの検査をしたいの?」
○「肺がんです。」
●「ガンの検査って言っても、ここで簡単には出来るもんではないよ。CTとかMRIとかの設備のあるところでキチンとした検査をしないと・・・」
○「痰の検査みたいのはできないんですか?(ネット検索で調べた情報)」
●「ではレントゲンを撮ってまずその結果をみてからにしましょう。現像する時間がいるので夕方またきてください」

夕方になるのを待って再び内科へ。0811179

●「(笑顔で)心配させてしまったけど、なにもありません。大丈夫!」
○「本当ですか?」
●「(フィルムを見ながら)このあたりの骨が重なっているところがちょっと白っぽく見えたけど、よくみると骨だということがわかるでしょ?イヤ~眠れない夜を過ごさせて申し訳なかった!」
○「(本当に!でもおかげでしばらくさぼっていた検査が出来たからよかったのかも)良かったぁ~これで、今夜の食事が美味しく食べられます!」
●「それは良かった!」

その後、友人たちへ「結果はシロ」のメールを送信。
全員から「良かったね」とすぐ返事が返ってきた。

0811178 普段、医者嫌いでよほどのことがない限り、自己判断で済ませていた意気地なし。
これを良い教訓として、もう若くもないことだし(?)億劫がらずにお医者さんとも付き合おうかな、と覚悟を決める。

そして、「眼の病人」になった事で、改めて人の優しさ、温かさ、思いやりをもらい、しみじみとした幸せをかみしめることができた。

夕飯のおかずの足しにと言って沢山の煮物を作ってくれたり、何度も電話をくれて「大丈夫?」と心配をしてくれたお隣のオバアサン。
仕事のあと、わざわざ夕飯を用意してくれた近所に住む幼馴染み。
病院の帰りに待ち合わせて手作りの野菜を届けてくれた友人。
手術前日に「頑張って!」とエールメールをくれた友人たち。
買い物をして届けてくれた娘。
病院に付き添ってくれた友人。
私の我がままをそのまま受け入れてくれた職場の上司。

絶望的になったり、幸福をかみしめたり、人と人の繋がりに感謝したり、まるでジェットコースターに乗っていたみたいな2週間だったけれど、ゆったりほかほかとした時を味わうこともできた♪

November 10, 2008

ついに白内障の手術(1)

10年ほど前、目にゴミが入って眼科を訪れた時に「白内障が始まっていますよ」と言われ、まだ50代になったばかりなのに「原因は目の老化現象です」と言われ、ものすごくショックを受けた事を覚えている。しかも手術以外に治療方法はないとも言われ、眼科の帰りに早速本屋に飛び込んで「白内障の本」を買ったことをついこの間のように覚えている。

そして今、仕事や日常生活に支障をきたすようになって、ついに決断することになった。
人に訊かれるのは普通の老眼とどう違って見えるの?ということだけれど、いわゆる「老眼鏡」の度数をいくら強くしてもものが見えにくい。
それでもPC上の細かい文字などは老眼鏡をかけないと全く見えない。食事の時など、氷の上に並べられた白身の薄作りの刺身のような色や形の判別のつきにくいものなどは、氷を箸でつかみそうになったりと、その時は笑い話ですませてはいたものの、日ごとに不自由さが増していることは確かな事実として、心に常に重くのしかかってきていた。

その後も定期的に検査は受けていたが、手術はいつでも早すぎる事はないと言われ、あとは本人の決断次第と言われていたから、なおさら時期を決めるのに逡巡していた。

そんな日々を送るうち、徐々に仕事にも支障をきたし始め、「見えない!」というストレスを含め、他の体調にも不具合を生じ始めていたので、ついに決断をすることになった。

掛かり付けの眼科で手術決断の意思を告げ、日帰り手術のできる病院へ紹介状を書いてもらった。それは、かの有名な「赤星先生」の三井記念病院だった。

●「決めたからには早めに手術をしたいのです」
○「三井は赤星先生に手術をしてもらえますが半年以上待つことになります。三井でなく近くのクリニックで赤星先生が手術をして下さるという方法もあって、そこだと1~2か月でできますが?」
●「早いほうがいいのでそちらでお願いします!」
○「では三井に紹介状を書きます。赤星先生に別のクリニックで手術をしてもらうように申し出てください」
●「ありがとうございます!」

早速、紹介状を持って三井を訪ねた。
総合病院の上、「白内障の権威」の赤星先生に診てもらいたい患者たちが多く訪れているからか、朝一番で受付を済ませたのにもかかわらず、ようやく順番が来て散瞳剤(瞳孔を広げる薬)をさされても次の順番が来なくて、「そのままお昼に行って来てください」と院内の食堂を教えられた。
ようやく順番になり、診察室に呼ばれたのは4時少し前。そこで西川女医のような美人医師に簡単な問診を受けた後、別のクリニックでの手術希望を伝えて、再び紹介状を書いてもらい、すぐ近くにあるクリニックに向かった。

そちらでは、また一から検査のやり直しをすることとなり、全てが終わったのは6時近かった。ぐったり疲れはしたが、手術の日程も決まり、いよいよ覚悟もできて、あとはその日を待つのみと思うと、朝からの疲れも心地よい疲労感へと変わっていた。

待合室はやはり高齢者が多く、私のようにかかりつけの眼科からの紹介状を持ってこちらのクリニックで赤星先生の手術を希望してやってきた患者さんが沢山訪れていた。
皆、ここで手術を受けた後は再びかかりつけの眼科に戻されるようなシステムになっている。
そのくらい、白内障の手術をする人が多いということなのだろう。
術前1週間から準備として目薬を続けないといけないため、処方箋薬局に薬をもらいに行くと、薬剤師のオジサンが懇切丁寧に赤星先生の腕の確かさや手術の詳細をコピーしたものをくれて細かく説明をしてくれた。

「赤星先生は日本一です!手術の腕は確かで他の医者は真似できません。年間5000件も手術をしているんですから、安心して手術を受けられますよ」
「眼内レンズも最高級のものを使用しますから100年は持ちますよ」

偶然、赤星先生に手術をしてもらうことになったのだが、薬局のオジサンに「お大事に~」と送り出されたころには、手術に対する不安とは裏腹に、安心して全てを委ねられる赤星先生という、実際には一度も面識のない先生に対して期待で胸が膨らんでいっぱいになっていた。

October 27, 2008

プツン!と糸が切れて

このところ、余りにいろいろなことがあって、blogが追いつけず、しばらく手抜き状態となっています。

いずれ、折にふれ、テーマを選んで書いて行こうかな?とも思いつつ、きっと、後になったら忘れてしまうんだろうな~そんな思いも持ちながら、大切なことは忘れないうちに書いておきたいと思ったり・・・自分だけの胸にしまっておこうと思ったり・・・

ある日、まるで花粉症の発症みたいに、ストレスが身体から溢れだし、一気にこぼれだした。

「素敵に、シンプルに、優雅に、粋に、ゆったりと、楽しく生きたい」・・・このblogのサブタイトルみたいに、後半の残りの人生を心を豊かに過ごしたいとひっそり決めていた・・・のに。

海外旅行も行かない。ブランド品もいらない。でも身の丈に合った小さな幸せを感じられるような日々の暮らしができたら、それが私にとっての「贅沢」。

でも「贅沢」は大きくても、小さくても、中々手に入れるのは難しいのですね。

今の私は「ささやかな贅沢」を手に入れるために、ピンと張りつめた糸を切ってみました。

このことは、機会があれば・・・

そんな日々を過ごす中、思ってもいなかった様々な巡り合いがあった。

☆ 佐原洋子さん
向島百花園の主であって、素敵なおばあ様。実際は風邪でお休みでお目にかかれなかったけど、洋子さん似のハンサムな息子さんとお会いできた。洋子さんとの初対面は私が23歳のころで、当時から素敵な女性だったけれど、今年、偶然TVに出演していたのを見て、益々、素敵で、粋で、気風の良い「江戸前の小股の切れあがった」感じは顕在どころかいぶし銀のように光を増していた。ハワイ旅行もご一緒した事もあった。若かった頃の私に浅草のふぐやさんに連れて行ってくれて、帰りにさりげなく「げた」を買ってくれたっけ。今は80歳前後とは思うけれど、風邪を引いた理由が「ラスベガス旅行でちょっと疲れたから」・・・元気で素敵な女性です。

☆ K子さん
理事会で知り合った、同じマンションの住人で、現在は出版社を定年退職し、医学書ばかりを手がけていた、現役時代から一転して、夢でもあった絵本作りに奔走している。11月8日には「久米明」さんが絵本を朗読する会を企画している。
老後の貯えどころか「今は全て持ち出しばかりよ」と言いながら、笑顔には心の「贅沢」さが表れている。
素敵な絵本を沢山いただいた。

☆ I子さん
やはりマンションの理事会で知り合った若いお母さん。2歳になったばかりの男の子を、とっても!上手に!理想的な子育てをしている。親子揃って賢くて素敵!
自分の子育てと比べて、関心することばかり!
理事にならなければ、絶対知りあうことはなかった世代との巡り合い。

☆ ガーデニングアドバイザー
以前から決まっていた「KANREKIお祝い旅行」
以前、彼女から同じ旅行をプレゼントされた事があり、2歳年下の彼女へようやく、お返しをすることができた。彼女こそ、「身の丈の贅沢」を賢く手に入れ、充実した日々を紡いでいる人。温泉に入り、美味しいものをいただきながら、たっぷり、その暮らしぶりを聞き出した。

☆ T子さん
姉妹のような幼馴染。
私の「プッツン!」を誰よりも理解してくれて、「しばらくはゆっくり身体を休めたら」とエールを送ってくれた。

☆ 会社の(♀)上司
私の体調を心配してくれ、私の一方的なわがままをすべて受け入れてくれた。
このこともいずれ、書けたらと思っています。

今、いろいろなことが大きく変わろうとしています。
又、続きはいずれ、ご報告します。
とりあえずは、当面の課題であった「白内障」の手術をついに実行することに決断しました。

April 14, 2006

美しい脳♪

MRIの検査をして1週間経った。
耳鼻科からの紹介で別のクリニックで検査をし、結果は耳鼻科で聞く事になっていた。

今日までの1週間の長かった事!

会社の昼休み、アフターファイブや、休日の友人等との酒宴時、等々、機会ある事にMRIの話題を自ら披露していたのは、結果を知る不安の裏返しの行為だったのだ思う。

いよいよ当日になり、社内の皆に「行ってらっしゃ~い!」と好奇心溢れる応援の声に押されて、30分ほど早退させてもらい、耳鼻科に向った。

恐る恐る診察室に入る。
「大丈夫ですよ♪特に何もないですね」
いとも簡単な先生の言葉で拍子抜けした。
「ホントですか?どこも悪くないのですか?」
「ハイ。何もないですね」
どうも、簡単すぎて逆に心配になり、更に質問してしまう。
「MRIとったところでは、詳しい事はこちら(耳鼻科)で聞くようにといわれたのですが・・・」
「あぁ・・検査技師は撮るだけですから・・え~と・・・」とレントゲンフィルムを封筒から出し、1枚づつ、明るい板(何というの?)に貼り付けながら沢山の脳の断面をさっと一通り見せてくれた。

「きれいですよ。とっても♪」
「あのぉ~ある程度の歳をとると、誰でも小さな脳梗塞なんかが出来ているってきいた事があるんですが・・・」
「それも全然ないですね。なにもないですよ。きれいですよ」

明るく浮かび上がる私の脳の断面図は形がほぼまん丸で、模様が左右対称で白黒のコントラストがハッキリしているように見えた。
きれいと言われれば確かにそんな気もする。

「良かった!安心しましたぁ~では耳鳴りは老化現象という事でしょうか?」
「いえ、その程度の耳鳴りは気にならない人は聞こえないという位のもので、特に意識しなくて良いでしょう」とにこやかに話す先生の笑顔に送られて診察室を出た。

とりあえず、今のところ『美しい脳ミソ』に感謝!
引き続き、健康に留意し、海馬を鍛え、貪欲に生きてみようかな♪

April 08, 2006

MRI初体験!

そもそものきっかけは「耳鳴り」だった。

友人に「それは耳鳴りでしょ」と言われた。自分の耳から「き~~ん」という音が聞こえてくるのは普通の事だと思っていた。
会社で向かいの席のオジサンに朝の挨拶がてらそのことを話題にしたら「普通皆(キーンという音)するでしょ」とあっさり言われた。

どちらにせよ、気になりだしたら診てもらうに限る、という事で耳鼻科で耳の検査。
「特に異常はありませんね」と先生。
「では何故キーンという音がするのですか?」
「さぁ~もし気になるようでしたらMRIでも検査したらどうですか?もしまだしたことがないのなら一度検査しておくのもいいんじゃないでしょうか?」

そんな経緯があって初体験という事になった。
早速ネットで「MR」Iを検索してみたら、どこを見ても「閉所恐怖症の方は検査できません」とある。
閉所恐怖症とは一体どの程度の事を言うのか?
それが解らないことが恐怖かも・・・

そう思って事前にクリニックに電話を入れた。
それで判った事は、かなりそういう人がいて、途中で中断してしまう人もいるらしいという事。
では、私は?・・・以前歯科で治療中、何の説明もなく、いきなり背後から麻酔の為のマスクのカバーが力強い先生(女)の手で顔に押し付けられた時、思わず息が止まりそうな恐怖体験をした事があった。それ以来、息がしにくい状況に遭遇すると、あの時の事を思い出してしまうのだ。
果たしてこの程度はどうなのか?
別の友人はTVなどで洞穴探検ものを見ていて、人が狭い穴に入って行く場面を見ているだけで気分が悪くなってしまうと言うくせにMRIは平気だったらしい。
そうであれば、キング氏の、生きたままお墓に埋められ、これでもかというくらいの恐怖感を味わう話を平気で読む私なら絶対耐えられるはず(?)

そんな状況の中、ついに本番を迎えた。
「磁場発生中」みたいな赤い字が点灯している部屋に入れられる。
技師が指示を出そうとするタイミングの先手を打って、「閉所が苦手なんですが、どんな感じで検査するのですか?状態を知りたいのですが・・・」
すぐに状況を理解したらしい彼は、とても優しく、安心感を与えてくれる説明をしてくれた。
「装置に入る前にこれを装着するのですが、大抵はこれがつけられれば大丈夫です♪」
剣道の『面』のようなもので口の部分は大きく開いていて問題なさそうだ。
台に固定させられる不安、いざと言う時に逃げ出せない状況も怖い。
「ストップかけたい時はどうすればいいのですか?」
「あそこから私が見ていますから声をかけてください」
なるほど、暗い密室に一人取り残されるのかと思っていたけれど、前面ガラス張りの向こうに操作室の明かりが煌々として見える。見守ってくれるんだ!そこでまた一安心。
「試しにこれがつけられるかやってみましょうか?」という優しい誘導で、いつの間にか台に載せられ、検査が始まっていた。
彼は最後まで声掛をしながら「目はずっと閉じていたほうがいいですよ。まぶしい光もありますし・・」「もう始まりましたからねぇ~」「タオルをかけましょうか?暑かったらとりますから言ってくださいね」「途中であと何分くらいとお知らせしますからね」
気がついた時は検査が始まっていた。指示通りずっと目を閉じていたので、ただ診察台で休んでいるような気分で途中眠くなってきたほど・・・
しばらくして「あと20分くらいですが大丈夫ですか?」とすぐそばで声がした。
もうその時点でMRI恐怖症は克服していた!

結果は耳鼻科経由なのですぐに教えてもらえなかったのが心残りだったが、MRI克服が大きな自信へと繋がった(ちょっとオーバー?)。

私流生き方のひとつ・・・怖い事・不安な事があったら、逃げていても解決にはならない。まず自分をさらけ出し、どうすれば解決できるか、自分にあったやり方でやってみる。

そんな時は「ワガママ」と思われてもいいのではないか?
あくまでも私流ですが・・・

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