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January 08, 2005

又も哀しい別れ

to年末に余りにも突然の訃報・・・が届き、そして又も哀しい知らせが入った。
40年前、偶然に訪れ、以来、青春時代の思い出としてのとても大切な場所となっていた『軽井沢もりのいえ』
独身時代は、ひと夏に何度も訪れたことがある位、我々仲間のお気に入りの場所だった。
そこの、当時の社長(とその頃私たちは呼んでいた)であるオーナーが亡くなった。

今は息子さんが跡を取っておられ、その彼から連絡を戴いた。
亡くなったのは、年末だったそうだ。お正月を過ぎてから、周囲には連絡をという事だったらしい。
身内で火葬は済ませ、これから、親しかった人たちで『偲ぶ会』をするので、是非、参加して欲しいという。

本当に懐かしいあの頃、18歳だった私たちは、遊びたい盛りで、夕食が済むと、又外へ出かけ、門限を過ぎて戻るから、いつも鍵を掛けられ、内側から「コラ!遅いぞ」と社長の声で迎えられるのが日課だった。
当時のペンション(だろう)としては、とてもお洒落だったから、食事の住んだ後の食堂がダンスホールに変身して、かなり盛り上がったらしい。・・・というのも、生意気盛りの私たちは、そんなところで遊ぶよりも、もっと楽しい事あるもん!というわけで、昼間に知り合った男の子たちと、又会う約束をして、お茶をしたり(可愛いもんでしょ?)彼らの別荘にお呼ばれしたりしたりしていたのだ。
そんな私たちを社長はいつも、温かく見守ってくれて、時には、ちょっぴりエッチなユーモアたっぷりの会話がとても楽しかった。
ママ(奥様)の作るコールスローサラダのドレッシングが美味しくて、パンとサラダとコーヒー。ハムエッグもあったかな?広々とした白樺林の広がるお庭を眺めながら、テラスで取る朝食は最高だった。
食事のあと、コーヒーを飲みながら、ゆったりと絵葉書を書いたり、読書をしたり・・・
その頃に、自分のライフスタイルの基礎みたいなものを、自然に教わっていたのかもしれない。
豪華でなんかなくてもいい。心の豊かな暮らし方をしたい!
社長とママ・・・お二人から得たヒントは私にとって、とても貴重な財産となった。

ある年「ダンスパーティに一緒に行って欲しい」と社長に誘われ、白のビュイックに2組のカップルで出かけた。
万平ホテルでのチャリティパーティだったと思うが、どんな風にダンスをしたか、実は余り記憶がない。
多分、今にして思えば、ダンスが趣味の社長は、食堂で、皆と踊りを楽しんでいたのだろう・・・
私たちはそこには一度も参加したことがなかったので、きっと、踊ってみたかったのかな?
ちょっぴり、大人の世界を覗けたようで、嬉しかった事を覚えている。

そして、三十数年後。
昔の面影をそのまま生かした外観で、素敵なプチホテルとして、リニューアルオープンした。
社長夫妻は一線から退かれ、宿泊客のように一室を占有し、ゆったりと過ごされていて、息子さん夫婦がオーナーとなり、更に魅力的な「もりのいえ」となっていた。
夏にそこを訪れると、社長は「お帰り!遅かったじゃないか♪」と迎えてくれた。
まるで、ずっと毎年そこで会っているかのように!

夏以外は神楽坂でジャズ・レストラン「もりのいえ」を営業している。
2階が住まいになっていて、そこからお店に現れる時はいつも、きちっとお洒落なスーツ姿だった。
「上から下まで全部私が選んで着せているの。着せ替え人形のようにね~♪」ママが嬉しそうに言っていた。
to1お二人の生きてこられた様子の、本当にある一面しか見ていないかもしれない。でも、そこから、本当に沢山のヒントを頂いた。
ありがとうございました!
『偲ぶ会』はそのレストランで行われる

January 04, 2005

ネットだからこその素敵な出会い

数年前に偶然見つけたHPに足を踏み入れて、その管理人の、余りにも温かくて素晴らしい魅力に惹き付けられ、気がつけば、すっかりまるごと彼女のファンになっていた。
家が近かったという、ラッキーな偶然も重なり、何度か素晴らしい手料理でおもてなしを受けたこともある。
本当に、すぐ近くにいたのに、多分、ネット上という場所でなければ、絶対に知り合うことはなかった・・・と思う。育った境遇も環境も全く違うし、年代も少しずれているし、私など知り合えるような方ではなかった。
始めはハンドルネームだけのお付き合いだったけれど、いつのまにか普通の友人のように、彼女のブログを訪ねることが日課となってしまった。
彼女の息子さんもパリ在住で、たまに私のブログにも顔を出してくださるし、私の娘はワシントンDCから彼女のブログを毎日見ているらしい。

この年末に彼女のお父様が急逝された。
余りの突然なことで、どう言葉を伝えてよいかわからず、とりあえずのメールでお悔やみを申し上げた。
実際にお会いしたことはなかったお父様だが、ブログで描かれるイメージは私なりに出来上がってしまっている。
こんな粋なお父様がいらしていいなぁ~・・・
4歳で父を亡くした私はいつも羨ましく読んでいた。

そして、今日、DCの娘もお父様のファンだったことが判った。
一度も会ったことのない同士でこんなにも、心が通い合う・・・なんと、ネットとは不思議な力を持っていることか!
つくづく、今という「時代」を感じる。
ただ、どんな時代になったとしても、人間性・思いやり・温かさ・・・は変わることのない、人として生きていく為に失ってはならないと思っている。彼女のように・・・

お父様と一度ゆっくり日本酒を酌み交わして、お話をしたかったです・・・《合掌》


January 02, 2005

CATS

ようやく念願の舞台を見ることが出来た。
10数年前、チケットを購入し、出かける仕度もすませた直後に、アクシデントが起こり、ついに行けなかった経緯がある。
それから、キャッツシアターもあちこちに作られ、その当時と今回とは劇場の作りも違うらしい。
事前に数人から、印象を聞いたが、どれも、ピンとくるものはなく、でも、これだけ、ロングランをしているという事は、きっとイイに違いない!・・・そう確信して出かけた。

回転席という席を取ってあったので、どう回転するのかワクワクだったが、・・・・それほどのことでもなかった。
ただ舞台が間近に感じられ、充分に楽しむ事が出来た♪

猫好きな人にはたまらない!猫が素敵!
猫らしくしなやかな動き、思わず手を伸ばして背中をさすってしまいたくなるほど、毛並みもいい!
オープニングの場面でシャム猫風の毛足の短いスレンダーボディの雌猫が、スポットライトを浴びてすくっと立っていた。もう全身ゾクゾク!期待で胸が膨らむ。

グレーと黒の縞模様できりっとした表情の雄猫はグループの兄貴分的な立場で皆を束ねている。
街一番のお金持ちで政治が大好きという、肥満体の猫はいかにもつやつやとしたビロウドの毛並みをしている。
雌猫たちも全身フワフワのピンクやら真っ白や、ゴールドだったり、縞模様だったりで、ダンスナンバーを踊っているのに、猫だっ!と思って見ている私。
ボロボロのコートを引きずりながら現れる、老いた娼婦猫は、路地裏で暗闇から目を光らせながら人の様子を伺っている、昔は美しかったのに、手入れもされず、毛並みも薄汚れてしまったままの猫を連想させる。

二十数匹、全部個性の違う猫たちが、シアター内を伸び伸びと駆け巡る。
深夜の猫の集会で、交わされる、猫の世界が人間と重なっても見える。

猫は決して、人間の言いなりにはならない。
まず、自分がある。犬とは対局にある。
歌の中に「猫は犬にあらず」云々の言葉が出てくる。

以前、近所の一方通行の通りのド真ん中を悠々とした足取りで歩いている、近所の飼い猫がいた。茶トラで少し太めの身体にふてぶてしい表情をしている。その時、反対側から車が走ってくる音が・・・。
「危ないよ!」と声をかけたが、知らん顔で車の方向に向かって行く。
「オイオイ・・・」と思ってみていたら、ついに車が徐行して脇によって猫をやり過ごした。
数日後に又その辺りを通りかかると、今度は道路の真ん中にデンと座り込んでいた。結構車の往来のある道路なのに・・「ここは自分の家の庭だよ、車なんて通るなよ」とばかりの態度で悠然としている。
こんなにも、自己中なのは、いくら猫好きでも、ちょっとぉ~と思うが、「強さ」に憧れる私としては、ちょっと気になる猫チャンだった。

CATSのストーリーは「ノンセンス・ヴァース」を原点とし、その深層に隠された「宗教や哲学」による、救済と再生のドラマ仕立てにした・・・とプログラムにある。
猫の姿態やしぐさにばかり気をとられ、そんな大事な部分を深く見られないうちに、心地良くラストにまで来てしまった。
もう一度見たら、その部分が分かるのかもしれない。
私が感想を聞いた人たちも、同じような感じだったのだろうか・・・

ますます猫が好きになった。
猫のように生きてみたい!いつもそう思っていた。
多分に怠け者の私だからかもね♪

省略元旦・・それでも一応

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元旦だけは、毎年、お雑煮を祝うことにしている。
余り、格式とは縁のない暮しをしてきているから、自分の気持の問題で、昔からの慣習として、最低のことだけはしたいというだけの事。
今年も、同居の娘が「作っても食べないから」というものは省略。自分が食べたいものだけを手作りしようと、材料はそれなりに買い込んだ。
いりとり。膾(なます)。雑煮。黒豆。これくらいしか作らない。
今年はいりとり用の鶏肉を買い忘れたので、それも省略。
膾は私しか食べないので、簡単手抜き法として、ピクルスにしてみた。
以外とさっぱりしていていくらでも食べられそう。
あとは、数の子は買ったもの。昆布巻きも鮎家の子持ち鮎巻き(美味しい!)を戴いたので、それを利用。

元来、おせち料理というものは、節日に供する料理で、縁起ものとして、戴くので、好き嫌いで作るものではないのかもしれない。だからといって、食べきれないし、出来合いのお重に少量づつ入ったものを買っても食べないのは一緒なのだから、数年前から、食べるものだけを作ることにしている。
それでも、部屋の中にお煮しめのにおいがしたり、黒豆をコトコトさせて、いるのは、それだけでもお正月を迎える気分になれるので、こういった習慣は嫌いではない。
ここ、数年は黒豆だけは娘の担当でいつも上手に炊けていて、これは毎年全部食べきる。
丹波の新豆で、少しお値段は張るが、美味しい!
ピクルスは、大根人参が沢山頂き物があったので、保存瓶があるだけ、作ってみようかな・・・♪
お雑煮には、いつも三つ葉とゆずはかかせないのだが、今回は三つ葉が売り切れていて、せりで代用したがOK!

いい加減な省略オセチだが、まぁ・・・一応形はつけたつもり。
こんな気楽な正月というのも、娘と二人暮しだから出来るのだろう。
お雑煮を祝った後、日枝神社へ初詣。破魔矢と鳥(干支)の土鈴を買い、去年の破魔矢を納めておみくじを引く。
二人揃って「末吉」だった。心引き締めるには、これくらいで良いか。
その足で、CATSを観に五反田へ。
夜、家に戻り、年賀状やPCでのご挨拶に返信したり・・・元日の夜は更けて行く。
又、今年が始まったなぁ・・・

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